昭和49年08月01日 月次祭
7月いっぱい、行われました夏期信行も無事に日増しに、盛大な熱烈な御祈念のしんしゅうが行われました。いよいよ、8月の月、いうなら、夏のご大祭の祈願の、お祭りの月に入ったわけでございます。先ほど、前講を光昭が勤めておりましたが、最近合楽に何か分からないけど、ものすごい働きが起こっておるというものを実感すると、いう意味の話を致しておりました。確かに、ものすごいというか、すさまじいというか、そういう働きを皆が感じる。
今日、小倉の富永さんがお参りになりました。こちらはいつも十三日の日と、一日の日がお参りの日として定められております。今日もお参りをしてここにたくさんお届けをなさっておられる方が一人ひとり御理解を頂かれるのを頂いて、親先生今日ばかりは合楽の教会に初めてお参りをした実感でしたというお届けをしておられます。初めてお参りをしてきたという様な実感でしたと言うのです。確かに合楽の信心は10日お参りしなかったら、もう戸惑うようにあるのが本当だと思います。
もうそれを感じないならば、感じない人はもういよいよ信心が低下しておるのであり、鈍感だと思います。いや信心が一つも進んでいないという事です。それは日に日にがさらなのですから、三代金光様が仰るように、日に日に信心はさらだとこう仰る。だから、さらなものが日に日に産みなされていっておるのですから、また日に日に育っていっておるのですから、もう育った所だけは10日間お参りしないなら、10日間分からんなくなるのが当たり前なんです。
今日、富永さんの言われるのを聞いて、改めてその事を思いました。今日後ろの方で皆さんの御理解を頂いておりましたら、初めて合楽のお広前にお引き寄せを頂いたような感じでしたと。まあ、いうならばすさまじい変わり方だという意味なのです。皆さんも日にちお参りなさっておられるからさほどに感じられない、いやけれどもやはり最近は感じんわけにはいけない。合楽の信心のまあ開と言うか、確かに今まで白の信心であったら、赤の信心に変わったというほどしのものを私自身が感じます。
皆さんが戸惑いを感じなさるはずだと思う。今日は久留米でインターハイが、今日から、あのなんですか式があっておりました。8日間あるそうですね、明日から。ご承知のように、昨日まではあぁいう天気もぐずついておりましたし、降ったり照ったりのような日にちが続いておりましたから、そのことが非常に市長さん心配しておられる、それで昨日、奥さんとどうでも一つお天気のおかげを受けなければならない、合楽の親先生がいわれるように、天地が自由になるという神様といわれるのだから。
あちらのご大祭にも20数年間、春、秋の大祭には御湿りが無かったといわれるほどしの事を聞いておるのだから、これは二人でお参りをさせて頂こうというてお話をしておったら電話がかかってきた、その電話は、私はどこどこに住む井上というものですがという、井上さんと言う方からお電話がかかってきた。今合楽教会では久留米全市のことをもう、毎日熱湯を捧げておる、久留米の言うならば、繁盛発展を祈り願っての御祈念があっておりますという知らせの電話であった。
最近一番変わったというならばです、いうならば25年間、合楽椛目を通して信心をお互い進めて参りましたが、いうならば沈黙を守ってきた25年間であったと言う事なのです。私が皆さんにお導きをなさい、宣伝をなさいと言った様な事は、もう是から先も言うた事がなかったんです。それがいわばもうとにかく口を開けば合楽の宣伝であります。昨日も市長さん、それから秘書の方奥さんお孫さん四人でお参りになりました。
それで応接間にお通してから、もう今までは市長さんの話を聞くばっかりでした、お参りをしてきても。けれども、今日からは私が話す、私が話す、今日何か親先生、貴方は生き生きしておんなさいますというてから、あちらの奥さんが言われます。それはね、今合楽でおかげを受けておる信心の話をです、皆さんに聞いてもらわなければならない、そして、こう言う信心をすればこう言うおかげが受けられるという事実をみなさんに知ってもらわなければならないというて、まあ色々話を致しました。
ちょうどおみえられた時にここで久富さんのところのご兄弟の五年の式年祭、御霊さんのお祭りがあっておりました。その済んで、私がお話をしておるのをそこで聞いておられる、廊下で。第一、私は御霊様からのことづけという話をさせてもらった。私は御霊様のお礼をさせて頂いておりましたら、あの、ネギ坊主がいっぱい立っておるところを頂いたね、ネギは丸いボーズをつけよるようになるともうネギとしての値打ちがない訳ですよね、食べられない、役に立たないということなん。
今の仏教今の例えば、坊主はもう役に立たないことなんね。その前の日、私の方のババの三十五年の式年祭を致しましたので、その時に私は今、合楽で皆さんに伝えておる、それこそ、富永さんが聞かれてからビックリするほどしの事を聞かれたというのは、私が合楽教会にご縁を頂いておる人達に対するところの極楽宣言である、もう少し言うならば合楽宣言である。皆がそのようなおかげを受けておるんだと、合楽にご神縁を頂いておる人は第一に病気がない。
もう五年も信心を続けておるほどしの人なら、第一薬箱がないのだ、お金に不自由する人がない、家庭の中に争いのある人がない、争いのない世界、病気のない世界、貧乏のない世界、これをです、改めて気付かせて頂いておる、頂くと、いやぁ私の方も、貴方もどこもというほどしにおかげを頂いておるけれども、それに気がつかないで、まだまだおかげの頂き足らんような思いだけをしておるという所に目を覚ませという事である。そういう、いうならば確信的な話を皆さんにさせて頂いておるわけであります。
すから、私を中心とするというか。御霊の世界に於いても、私を中心とするところの、いうならば、合楽という所に集まってきて、それこそあまなからなわいうに及ばすです。極楽のおかげが頂けれる御霊様達が極楽に縁を頂きながらです、極楽の自覚をしていない、おかげを頂いておると言う事の自覚をしていない。合楽にご神縁を頂いておったという事のです、もうなんと大変な事であったか、大変な時代にご縁を頂いたものであるという、お互い、ビックリするほどしの自覚というものがないのである。
その自覚を促す、私はお祭りというふうに私のババの三十五年の式年祭ですけれども、御霊様にそういう、いうならば宣言をさせて頂いた。その印を見せてくださるかのようにです、五年前に亡くなられた伊藤さんの、いうなら御霊様がです。このようにおかげを頂いておるから遺族の者もそういうおかげを頂かなければならない、家には立派なお仏壇をお祭りして、朝な夕なに奉仕はしておるけれども、それは何の役にも立っていないとい言う事、今の坊主はもう役には立たんと。
これはまあ羽に衣をきせずに申し上げますと、御霊様の言葉はそのままそういうふうになるのであります、これはまた事実、私は本当にそうだと思います。現世に於いてです、いうなら、病気一つ治しきらん宗教がもう宗教の価値はないと思うのです。それがおこがましい、死んだ先に極楽の誘導するなんて出来るはずがない、この世で極楽の言うならば、導きが出来ずしておいて、あの世で出来ると言う事は考えられない。そのことをです、例えば、皆に分かってもらいたい。
真善美の世界を私共の心の中に、家庭の中に又は自分の周辺に広げていかなければならんという話を市長さん聞かれてから、あの応接間に行きましたらすぐです、今日の話を頂きましたが、まさしく今久留米は。その真善美を願っての久留米市、人間都市を願わせて頂いておりますと言う事を言われました。今久留米に来て下さい、どこの路地に言ってもです、もうそれこそ草一本はえておりません、チリ一つ落ちておりません、勿論今日のインターハイの為に、皇太子ご夫妻がお見えになられます。
その為に全市を磨きをかけたようにきれいになっておると言うのです。同時に先生が仰るようにです、争いのない、言うならば、対立のない世界を久留米に作っていくという、そういう理想郷はまた改めてきかせて頂きましたというておられます。実はあのインターハイは各地に70年おきに回ってくるんだそうです、ですから70年後の久留米と言うものは考えられません。私が市長のおかげを頂きましてから。
この方本当に恵まれて久留米の発展の一途をたどって、いわゆる人間を大切にさせて頂くという様な生き方の、いわば、政治が進められておる。先生の言われるその一つひとつをです、自分の久留米の上にも、いうならば最後には、もう親先生本当に一つ久留米市に合楽を現しますというて帰られました。お話をしておる内に、もうとにかく天気のことが気になってたまらない、昨日も夕方は、もう何か今夜当たりは降りはせんかと言う様な、どんよりとした感じのお天気でした。
お話をしておる内に横におられる奥様に言われるんです、ちょっとお前、ここにきたばっかりで耳納山にはかかっとる雲が晴れてしもうたばいっち、というてその喜んでおられましたが、今朝朝の御祈念を頂いて一通り皆さんが帰られた後に市長さんと秘書の方と奥さん、三人でお礼参拝をしてみえました。今日皆さんがテレビをごらんになっておった方は市長さんの挨拶を聞かれたことであろうと思います。
4時半を下がって、ちょうど私の部屋に参りましたら、ちょうど亀井県知事の挨拶があっておるところであり、すぐその次に近見市長の挨拶があっておりましたが、ここで、今朝お届けをされた通りの事を開口一番に申しておられます。先生おかげを頂きまして。この快晴に今日は恵まれました。どうぞ篤く神様にお礼を申し上げてくださいと言う事なんです。本当に争いのない世界というものをです、この世に顕現できるならばです、こんなに素晴らしい有り難いことはない。
今朝から朝の御祈念に田主丸の副教会長、若先生がご参拝のおかげを頂いておられます。2、3日前に合楽のマルショウバンド員の方達がご依頼を受けて、田主丸の商工会のご依頼で市中行進を致しました。パレードをやったわけです、今までかつて田主丸の夜の売出しですね、夜市に、これほどの人間が出たことも、売上が上がったことも初めてだったと、今日、私は田主丸の先生から今日聞かせてもらいました。
そういえば、私共あのちょうど東京からお客さんもあってましたし、岡山から娘達もきてました。お食事中にとにかく、あのマルショウの人達が、そのお母さんだけでも良いから見にきてくれというとると家内が申しました。そんなら俺達も行こうかというてみんながいうもんですから、私もついて参りました。自動車2台に分乗して、田主丸に参りました。参りましたら、すぐそれが始まりました。もうそれこそ、田主丸の町中を合楽の宣伝ムードでいっぱいでした。
マイクがなんの他に催しがあってませんですから。合楽のこんこん教様です、合楽のこんこん教様のなんじゃったか、ご協力を得ましてね、こうこうだと。もうそれをひっきりなしにそのしておるんですから、今まで田主丸の町で夜の街なんかに出たことのない人達が、なら見に行こうか、見に行こうかで皆んな出たわけなんです、あそこの街を4回ですかね、行ったりきたりしてました。そしたら田主丸の若先生が、もう今御飯を頂きよりましたら、こんこん教こんこん教ち言うんだから。
そしたら合楽のことをいいますから、応援にかけつけてきましたというて、奥さんとそれから青年会長と三人できて、すぐ私の所に挨拶にこられました。そしてそのバンドを見られましてから、こうやって写真に治めとかにゃいかんというてから、写真機を取りに帰られました。そして家におられたお母さんと、親先生に合楽からこげんしてみえとるというので、夫婦でわざわざ私を訪ねて下さってご挨拶にみえました。先日からおたくの信徒会長に。講師をお願いして、もう大変みなさんがおかげを頂きました。
まだここに挨拶にきてございませんでしたから。でその翌日あちらの親先生は、また実際そのことのお礼に出てみえましたがです、私も引っかかりませんけれども、向こうにも一つも引っかかってない、ただこんこん教、こんこん教と言う事がです、何か自分の教団を宣伝されておるというふうにしか感じられなかったの模様です。これが○○教会であったらどうであろう、俺のところの街に合楽が、いわばその縄張りを荒らしにきたというふうに言うに違いはないです、現在の金光教の皆さんは。
ところが最近私と例えば田主丸の教会、私が別に行く訳でもなかなければ、どうする訳でもないですけれども、なんとはなしに、全教一家の実が私と、田主丸の間に通うて行っておるということなのです。親戚同士のように思うておられると言う事なんです。ですから、田主丸にバンドが行きましても、歓迎の意味を現して、応援に出てきたといわれるほどしの事でした。
これは私は、私は気がつきませんでしたけれども、ちょうどあの椛目の愛子と豊美が私と始終そばについておった、それで始めの間は気がつかなかったんですども、椅子を持って来てから、こうかけておる、あのなんとかという雑貨屋さん、ゴザとか帽子なんか、夏帽子を売っておる、もうそれこそ、これだけ沢山人が街に出とるけん、もうだーれもお客さんが入ったふうでもないです、そこの前に椅子を持ってきて、私がかけると次から次ぎとお客さんが入っていくんです。豊美と愛子と話しておる、やっぱ親先生が座んなさるとお客さんが、とにかく入りなさるちいいよった。
それからすぐまたこっちの方がすずしいですよというから本屋の前に行った、もうそしたらもうひっきりなしにずうっとお客さんが入ったです、そう言う様な事があってです、もうとにかく、人もたくさんでましたが、売上も一番多かったというて、全然信心のなかった商人達が。幾人かです、合楽まではお参りがでけんからというて、お参りをしてきましたという今日はお届けでした。素晴らしいですね、本当に争いがない前に一つ対立のない世界というものがなからにゃいけんです。
嫁言葉とやらいつも、ものは言いよるばってん、心の中でが対立しておる、嫁ごに負けるもんか、ババさんに負けるもんか。これが対立なんです、教会でも同じことです、あそこの教会に負けるもんかち、とにかく合楽教会に米が何十俵もお供えがあったち言うたら頭痛いうなって熱かっしゃった先生がある、(笑い)、いや本当ですよ。そういう時代、金光教もそんなに低下してると言う事。(笑い。)
けれどもね、なら、私と田主丸の中にそういう親和な状態というか、本当の和の状態というものが生まれていっておる、対立のないという事はこんなにも素晴らしいことだと、言う事を感じさせて頂く。それもです例えば25年間、沈黙を守った合楽がです、もう、途端にそれこそ、これは末永先生の話をもってしますと、今までの信心はです、低い所から高いところへ水を流すように難しかった、それは生身の人間凡夫であるからだと言うのです、その為にはです。
自分のもっておる力の限りを様々な、いうならば火の行水の行、あられもない修行をさせて頂いて、神様に打ち向こうて行った時代からです、これからはね、高いところから低い所へ水を流すように、これからは神が道を開くのだという信心に変わってきたと仰るのですから、もう水の行火の行はおやめにならなければいけません、それで心もとないならばです、それに代わるそれに匹敵する心行を始めなさい。
不足をいわんとか成り行きをいよいよ大切にさせて頂くと言う様な生き方を身に付けなさいというて、末永先生がお取次ぎをしたというお話なんです。それを受けた関さんという方ですけれども、それこそ、手の平をかやすように、もう十何日になりましょうが、毎日毎日がおかげの連続である。今、合楽にはとにかくものすごいことが起きておると、光昭が申しておりましたようにです。
例えば今日のご神前に大黒様が、それこそもうオンパレードです。(笑い)、今日はね大小様々、いわゆる土の大黒様に金の大黒様、それから純金の大黒様達が11体並んでござる毎日5体、6体はつくから、それこそ大黒様がころころと生まれていかれる。信者の家庭に入っていかれる、そのおかげの第一号なんか、例えば熊谷さんなんかです、もうそれこそ倉の中に百何十年もたっただろうという土の大黒様があった。それはもうなんとも言えん、鼻はちった低かばってんちょういと応えん大黒様(笑い)。
いや、あれは鼻ん高かつはいかんですよ、(笑い)なんかね、きぇんとしてやってからいかんですよやっぱ。(笑い)低かぐらいがいいですね、そしたらどうですか、こちらで私が御祈念をさせて頂いて帰ってもうその晩は、もう本当に親先生、親先生というて拝ませて頂きよったら、それこそ大黒様が何か話をかけて下さるかのような有り難いものに浸らせて頂いたら、明くる日、200万円ころっと現金が入ってきた(笑い)、いやほんなこてですばい、うんもうこの話をするならですね。
もうそれはもう、ちょいっとなんともかんとも言えんぐらいの不思議な、不思議な後まだ800万円入ってくるごとなっとる。(笑い)、だからこれは、800万、900万、ね、だから、これはどうでん、今度、合楽がお金を借りなさるなら、お役に立てていただかにゃならんから引き当てに預金をせにゃならん、定期預金を、その為に使わせて頂こうというて、今から楽しんでおられます。(笑い)
それは本当にね、私はもう今日も、78になるという、二日市の教会の信者さんだそうです。中村さんの昔、あちらが娘時代に勤めておった時に、なんか何長かしておられた方そうです。いっぺん参ってみて下さいち、あの人が言いよりましたから、今日は旗崎まで来たから引き寄せて頂いたが、もうそれこそもうビックリして、ちょうどあの朝のまだいっぱいお参りがあっておる時ですから、一人ひとりの御理解を頂いて、もうそれこそ感動されました。
もう私何年生きるか分からんから、ここの大黒様を見てから、あぁいう風にニコニコとした一生涯を終わりたいと思います。どうでも今度の大祭にはみんなを、いうならばね、隣り近所も誘うてからお参りをさせて頂きたいと思いますというて帰られました。本当に皆さんもです、今あの、合楽の信心にぐずぐずしとったら、いうならなんちいうですかね、戸惑うとちめんぼ振ってから分からん、そしてあれは旧態依然の、いうならおかげの中におらなければなりません。
そうしたね、そういう意味で合楽は、今大きな変わり方をしようとしております。そして25年間も沈黙を守ってきた、宣伝とか導きと言う事は言わなかったものがです、顔見れば導くことを、話を聞いてくださる方には、私は昨日、久留米市長に言うたように、これからは、私が合楽をしっかり宣伝しますから、久留米市の市政の上にも、一つ多いおかげを頂いて下さい。久留米市に合楽を現しますと市長をして言わせるほどしに宣伝しました。だから皆さんの心の中にもです。
家庭の中にも、合楽をいよいよ現していく所のおかげを頂いてもらいたいと思うのです。私共が今朝、昨日の御礼会の後に私がお話を致しました中に、世界の将来、人間の行手ということ、私共が一つ眼をです、一歩大きいところにね、私共意外のところに持っていかなければいけない、それこそ危機に貧しておる世界、難儀の真っ只の中にある世界、それは公害またの問題、または資源の問題、人口問題そういう共通した諸問題に当面しておる人類、そこに一日も早くです。
争いのない対立のない、共栄の社会を作ろうという願いを人間が立てるならばです、お互いがね、難儀と思うておる難儀としておる問題が解決のおかげになってくることは天地の親神様の部域なのです。そういう大きな願いに基づいての私共が信心をさせてもらう。そこで、私共が本当の生き方、人間の、いわば、進む行く目的というか、その行く手というものをはっきりしなければいけない。
幸福を願わないものはないのですけれども、真実の幸福と言う事の目当てというものをはっきりさせて頂かなければならない。それは今合楽で言いうておる所の、真善美の世界。その内容としてです、貧乏のない世界争いのない世界、病気のない世界、病気根絶の世界、そういう社会を現して行けれる力をもっておる宗教によらなければならない。ですから、まず私の家庭にね、私の周囲にそういう行く手を阻まれたり、また迷うておる人達にです、はっきりと指示しなければならない責任をです。
今合楽の信奉者は感じなければならない時だと言った様な意味の事を昨日皆さんに聞いて頂いた。ですから、富永さんが言われるようにね、たった15日しか参ってきとらん、ご無礼しとるだけれども、初めて合楽にお参りをしたような実感の中にです、合楽が変わっていっておるという事を感じておるといわれます。お互い変わっていかなければなりません、そしていよいよです、神願成就の事の為に私共が精進、挺身させてもらうおかげを頂きたいと思います。
いよいよ、明日は、親教会の夏の祈願祭です、お参りになる方はどうぞ、10時のお祭りですから。原さんなら、原さん所にでもお願いさせて頂いて、一緒に揃うていくとか、または、お参りが出来ないならばお初穂を託けるといったような方達は、私がお託りをしてまいりますから、どうぞ事務所まで提出してくださいますようにお願い致します。いよいよならこちらも、いわば16日後に控えております所の夏の祈願祭にです。お互いがいうならば、一人で10人位の責任をもってです。
宣伝をして行くならばです、その半分が参ってもです、百人参れば五百人のお参りがあることになります。それはね、合楽教会に五百人の人がお参りした、五千人の人が参ったということじゃないのです、今私が申しました内容を聞いてもらわなければならない、分かってもらわなければならない、そしてです、こう言うおかげが頂けれる、合楽のお教会にこなければ分からない事実をです、見てもらうと言う事になるのでございますから。どうぞ一つ大いに宣伝をして頂きたいと思います。
どうぞ。